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物語の安定感           -映画 『花』- [映画]

映画『花』(2002/日本)を観終わる。原作はかなり酷評してしまったのだが、映画はわるくない仕上がりで、すなおに感動できた。琴線を静かにふるわせる映画である。その秘密は、物語のディテールを原作以上にこまやかに描いている点にあるのだろうと思う。

若くして病に冒された銀行員・野崎が、年輩の弁護士・鳥越の長距離ドライブに付き合わされる。ずっと疎遠だった鳥越の元妻が鹿児島で亡くなり、遺品を取りに来て欲しいといわれたのだ。東京から車で出かけることにした鳥越は、運転を野崎に依頼したのだった。ちなみに原作では、草刈正雄をホーフツとさせるいかにも紳士的な人物が弁護士として登場するが、フタをあけてみると、まあ柄本明である。しかしこれはこれで、また味がある。

印象的なのは回想シーンで、時折り本編に挿入される鳥越と亡き妻の青春時代が、原作にはなかった場面も含めて、実にいきいきと描かれている(とはいえ妻の顔を思い出せないというのに、のっけから妻役として牧瀬里穂があの笑顔で登場するのは興ざめかもしれない。誰の視点による回想なのかわからなくなる)。

「原作にはない場面」は回想だけでない。本編のいたるところでも効果的に描かれ、物語をより魅力のあるものにする。野崎の運転の下手さ加減をいちいちあげつらう場面や、食堂で食い逃げを装って店主をおちょくる場面などは、とくに記憶に残るものだ。

原作では、恋人にツッケンドンにされて孤独な旅を強いられた野崎も、映画では恋人から電話でエールを送られているぶん、ずっと救いがある。それは、旅先で連絡を取り合うことで「離れた場所でも恋人と旅(人生)をともにしている」という意味にも取ることができ、つまりは鳥越と亡き妻との関係性や二人の生きかたを暗示させるメタファーとなり得るものである。さらには《鳥越と亡き妻》と《野崎と恋人》と二組を対置させる構図を採ることで、物語はバランスがとれて安定する。そんなふうにみていくと、この脚本は原作以上に完成度が高いものだと思う。

記憶を失ってしまうかもしれない状況にある野崎と、思い出を取り戻してゆく鳥越の織りなすロードムービーの佳品ではあるが、これを書いている私にも、なぜか取り戻せない記憶がある。クレジットに中江有里の名前があったのだが、いったいどこに出ていたのかさっぱり思い出せないのである。

 

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雪の日 [日記]

午後。映画『花』(2002/日本)を見る。榎本明や大沢たかおなど、演技力のある役者のおかげで感情移入はしやすい。時々挿入される回想シーンは、70年代のガソリンかなにかのCMみたいで鼻じらむ。キリのいいところまで見てHDDを止める。続きは、またいつか。

太田裕美のアルバム『I do,You do』を聴く。冒頭の曲と「葉桜のハイウェイ」が印象に残るものの、あとはあまりピンと来ない。「ロンリィ・ピーポー」シリーズが2曲も入っているのはどういうコンセプトなのだろうか。アルバムタイトルにもあるような「各人それぞれの自立のススメ」的なものを主張したいのはわかるが、同じタイトルの曲が並んでいるのはバランスが悪いような気もする。

後でまた聴きなおしてみようかと思う。                                                ちなみにこのシリーズでは、地下鉄車内ではじまる前作のバージョンがいちばん好きである。

 

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フェルメールと微分と松田聖子 [日記]

録画した「日曜美術館」を見る。ルネサンスとバロックのそれぞれの特徴を比較しながら、バロック芸術を紹介するという内容。面白かった。また、フェルメールが出現するころに考え出された数学の「微分」は、ものの動きを一瞬止めて、その止まり具合から次を予想するために考え出されたという意味で、一種の写実法だった、というコメントが印象に残る。

自室。経済の勉強。地元のコミュニティFMでは1983年春のナツメロが流れている。松田聖子の「秘密の花園」は、松本隆が詞先で書いたものに、ユーミンがあとから曲をつけたものだ。しかし今聴くと、他の曲よりもインパクトが弱い気がする。売上的にもあまりよくなかった。「ベストテン」では1位を取っているが。

 

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「花」 [読書]

金城一紀『対話篇』より「花」を読み終える。のちに映画化された短編だ。純愛をテーマにした内容で、話もロードムービーふうだから、映画というジャンルとの親和性も高かったのだろう。

しかし映画のように書かれた小説を、私はあまり好きになれない。映画でできることを小説でやってどうするのだろうと思ってしまう。小説という「テクスト」を駆使することでしか表現できない描写に挑むのが、小説家というものではないか。

映画のような小説を金城が書きたがるのは、本人がヘビーな映画オタクだからだろうが、映画は文学を宿木にして発展してきたものなのだから、リスペクトしすぎるのは本末転倒のような気もする。

で、小説の話だ。結論をいえば、「永遠の円環」に負けず劣らず、どこにでもある話だった。別に感動もしない。人物の描きかたがいかにもステロタイプで薄っぺら。紙人形のようである。描写が足りなさすぎる。「優しい」という形容詞が頻発する本文も、どんなものだろうか。甘い。

これを機に、いろいろなレビューをネットで読んでみた。                                そのなかに、『対話篇』のすべての短編がリンクしている点を誉めている批評があった。

しかし豊島ミホの短篇集のように本当にちゃんとリンクしていくのならともかく、こういうのはリンクしているとはいわないと思う。慶應義塾大学の法学部を出たあとプータロウ生活の長かった著者が、その社会経験の貧しさから、似たようなシチュエーションを取らざるを得なかっただけのことではないだろうか。主人公が法学部出身で、大学の図書館がやたらと出てくるこの作品を、二十歳前後で書いたのならともかく、これを発表したとき、金城は三十代前半だった。

感動のポイントは理解できるが、どこか図式的に思えるのは、著者の人生経験の希薄さゆえではないか。同じテーマで重松清が書いたらどうなっただろうと夢想した。

 

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「永遠の円環」 [読書]

金城一紀『対話篇』より「永遠の円環」を読了。「恋愛小説」はとてもよかったが、これはいただけなかった。キレがあるのは冒頭くらいだ。

たとえば主人公と交際していた女性が、ゼミの担当教授との関係について告白する場面があるが、その告白の中身がありきたり。まるで昼メロである。病院の上階にいる患者の悲鳴(「ギャー!」)も、なんだかマンガみたいで安っぽい。半分ふざけて書いたのだろうかと思ってしまう(しかしこの患者の存在は、後々の伏線だったりするのだが)。

金城一紀といえば、ケンカの描写がじつに秀逸な『異教徒たちの踊り』という小説がある。この作品のケンカの場面はとにかく素晴らしく、これに比べたら万城目学の『鹿男~』に出てくる剣道の試合の描写など、屁にもならないくらいのものである。

しかし『異教徒~』にしたって同じのことで、話そのものは単なるストーカー撃退ものという、どこにでもありそうなストーリーなのだ。ある男に復讐を誓う中年男性を描いた『フライ・ダディ・フライ』にしてもしかり。ようするにこの書き手は、知識が豊富なわりには、類型的な物語しかものせないらしい。

「永遠の円環」の話はこうだ。末期がんの主人公の病室に、謎の若者Kが現れた。Kは主人公の「想い」を遂げてやろうと、ある企てを実行にうつそうとする。ちなみにKの本当の目的は、ラストでぼんやりと知れるのだが、Kが主人公の部屋を訪れる動機は最後まで判然としない。

この小説は、主人公が不治の病である必要があったのだろうかとさえ思う。身動きできない立場でさえあれば、乱歩の『芋虫』ではないが、他のシチュエーションでもいけたんではないかと。

 

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  • 作者: 金城 一紀
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  • 発売日: 2008/06/30
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ブックオフに買い取ってもらう [日記]

ブックオフまで車を飛ばす。荷物を下ろして店に入り、カウンターに出す。女性店員が「買取ですか」と嬉しそうに聞く。そうですと答えてから、「あと一袋あるので持ってきます」といいのこし、また車に戻る。

番号札を受け取ったあと、「20分ほど店内をご覧になってお待ちください」といわれた。いつもなら店内で何かしら物色するのだが、今日はちっとも勘がはたらかず、食指も動かない。だらだらと通路をうろうろする。それにしてもいつも行く店よりこちらのほうが品数が豊富である。フロアが広いところが強みか。

そろそろ20分が経とうかというとき、不意に宇多田ヒカルのマキシシングル「Wait&See」はないかとひらめいた。ディスクを見つけたとき、「番号札5番をお持ちの方……」と放送が入った。

買取価格は84点でなんと8585円(!)。
2000~3000円と踏んでいたのでこれは意外すぎる収穫だ。

売れなかった40点のなかには、案の定レンタル落ちのCDや落書きだらけのビジネス書、ナンノのエッセイなどがあった。18年前の学参や、背表紙のかすれている村上春樹と山田詠美の文庫が売れなかったのは仕方がないにせよ、わりと新しい風水関係と姓名判断の本、それに中松義郎の著書が売れなかったのはなぜだ?

自宅。レシートの内訳を見てみると、高く買い取ってもらえたのはほとんどCDだった。状態の良い、最近のアルバムが多かったからだろうか。しかし、やはり『風のマジカル』の入った小泉今日子のベストと、82年のアニソンを収録したCDはとって置けばよかったか、などと少しばかり後悔する。

以前同じ店で買い取ってもらった宇多田のマキシを、このたび買い戻せたのはよかった。「Wait&See」はやはり名曲だと思う。8585円+宇多田のマキシ。これが本日の収穫。

 
 
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上原多香子とベリーダンス [テレビ]

経済のお勉強をした後、居間に下り、録画した番組を見る。SPEEDの上原多香子がトルコに飛び、ベリーダンスを学ぶというもの。よほど評判がいいのか、これで三回目の放送だ。それにしても、番組のつくりがなんとなく「ウルルン」ぽい。しかしへんに感傷に走らなかったところはよい。

最後はどこかの大会の舞台で踊るのかと思っていたが、じっさいは誰もいない野外で、番組のために踊りを披露しただけ。そこで番組はあっけなく終了した。そこが不満といえば不満。

 

 

 

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罪と罰とジュブナイル [読書]

夜。ネット。荒川洋治のラジオ番組をポッドキャストで聴く。二人組で共作する作家を話題にしながら、藤子不二雄を引き合いに出したのが意外だった。荒川氏は漫画文化など黙殺する人だと思っていた。ちなみにミステリには岡嶋二人というのがいたのだが、ミステリに興味のない氏が言及することはなかった。あと、森本穀郎の兄が評論家の森本哲郎だということをすっかり忘れていた。
  
水森サトリ『でかい月だな』をちょっとだけ読んでみる。冒頭でいきなり事件発生。煙草を吹かす中学生のことをアルト笛の中途半端な音に喩えるあたりがおもしろいと思う。

しかし冒頭に"クライマックス"をもってきたせいで、後がかったるい。罪と罰の問題、友情とは何かをめぐる対話がしばらく続く。この手の重い事柄に対して、ラノベ的なさらっとした文体で向き合うところに新しい力を感じるものの、正直いま読むのは億劫である。また、日をあらためたい。

というわけで、本を閉じた。

でかい月だな

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  • 作者: 水森 サトリ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/01/20
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買取候補を読みつぶす vol.4     -脳みそについての一考察- [読書]

ブックオフに売りとばす予定の本を斜め読む。16年前に買った中松義郎の著書だ。          趣旨は「頭のよい子供の育て方」。

前半で、著者は右脳理論を批判している。                                     「右脳が作動していることを自分で確認できないから良くない」のだとか。

で、自身は小脳を活用すべしと説いている。

しかし小脳が作動していることを自分で確認する術だってないわけだし、本人もそのことについてまったく言及していない。つまりそんなもん、右脳理論と一緒ではないかと心のなかで思ったりする。むしろ小脳よりも右脳左脳の方がわかりやすいくらいである。数学を解いている時は「ああ、今左脳が使われているらしい」と察しがつくし、絵を描いたり音楽を聴いたりしているときは「今は右脳が活躍しているのだな」と合点が行くのだから。小脳なんていわれたって余計にわからない。

深夜、読了。巻末に出てくる「頭のよくなる体操」の仕方とやらがさっぱりわからない。そういうことは図解すべきである。同じ時期に出た本だったら、こんなものよりも品川嘉也の右脳の本の方がよほど親切である。本書は、ホワイトブレインの存在がついに発見されたとか、総体的にはなんだか胡散臭いニオイを放つ奇本である。

ただし栄養の話や、親の愛情がかなめであるといった主張には頷かざるを得ない。

 

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それぞれの原点 [テレビ]

夜。HDDにたまったNHKの番組を見る。まずは天龍源一郎が郷里の福井県勝山市でインタビューを受けている番組から。いろいろな人の世話になってきたと、天龍がめずらしく涙する場面が胸を打つ。天龍の声はどすが効いているが、話しかたには誠実さがある。

『旧友再会』は梅宮辰夫と立場隆が再会するという番組。この二人が中学の同窓で、陸上部の先輩・後輩だったとは知らなかった。いや、知っていたかもしれないがすっかり忘れていた、といったほうが正しいか。

若い頃の梅宮の写真が、分かりやすいまでに番長そのものだったのが笑える。当時の文集を開くと、樹木の気持ちになって作文を書いた立花の創意工夫ぶりに、文筆家としての片鱗が垣間見える。

同窓とはいえ、役者とジャーナリストだけに、話がかみ合わずに途切れがちになってしまうのはしかたがないところか。なにしろ、細かいこともよく覚えている立花に対し、梅宮はほとんど覚えていないなどと言ったりする。二人とも料理の腕前はセミプロ級なのだから、二人でキッチンに立って何か一緒に作ればよかったのではとも思う。

学校が文集を作っているというのが個人的にはちょっと羨ましかった。うちの学校は、卒業文集をのそげば、そんなものを作ることには無頓着だったからだ。変哲もない田舎の大人たちは文芸なんぞには関心がないようだった。

もっともその頃の私は、作文など大嫌いだったが。

 

ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊

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  • 作者: 立花 隆
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: 単行本

 

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